2020年5月23日

 ご報告、遅くなって申し訳ありません。
 「BOOKMARK」16号、出ました。といっても、冊子ではありません。
  いままでは、まず冊子を出して、書店さんにお店で並べてもらって、それから個人受付をして、冊子がなくなったらHPでその号のPDFを掲載するということにしていました。
 ところが今年はそういう状況ではなく、多くの方に書店にいって本を買って、本を読んでもらいたいけど、みんなきて、といえません。というわけで、もう版面はできているのですが、冊子を書店さんに置いていただくのはしばらく先にしようと考えています。
 その代わり、HPで先に公開です。
 どうぞ、読んでください。
  今回は、人物に焦点をあてたノンフィクションの特集で、巻頭エッセイはブレイディみかこさん。
 冊子の仕上がりもきっと素晴しいと思うので、しばらく、お待ちください。
 それにしても、ほかのところですでに、「BOOKMARK」16号、PDFで読めるよという情報が飛び交っているのに、なんで、本家本元のここでのご報告が遅れたかというと、大学のオンライン授業のせいです。
 もう4月の頭からそればかりやっていて、やっと慣れてはきたものの、なかなかうまくいかず、四苦八苦してます。五科目担当しているのですが、ゼミはzoomを使って普通にできるからいいのですが、創作表現論と英語翻訳ふたつと、英語講読、これが大変。
 そのへんのことは、そのうち愚痴るとして、じつはなぜか、オンライン授業のせいか、創作表現論で学生の提出する課題がとてもおもしろい。そもそも、出してくる学生の数が例年の倍くらい。そのうち、このHPかどこかで紹介しようと思って、このHPを管理してくださっている宮坂さんたちと相談しているところです。
 いまの大学生が、どんな文体で、どんなものを書いているか、興味ありませんか。
 


2020年5月14日

 娘がパリに子どもふたりと住んでいたとき、3人そろってインフルエンザにかかった。ぼくはちょうどサバティカルで時間に余裕があったので、パリ見物もかねていってみたら、3人ともマスクをしていない。それどころか薬局にいっても売っていない。
 日本に帰ってから、アメリカにいる角谷くんに、アメリカ人、マスクする? とメールできいたら、いや、しませんよ。マスクしてるのは重篤な感染症患者くらいです、というメールがきた。
 それがコロナウイルスのせいで、世界中の人々がいきなりマスクをするようになった。おそらく、これからは多くの国の薬局やドラッグストア、いや、スーパーでもマスクを売るようになるのだろう。
 そこでふと考えたのが、「手洗い」だ。これもコロナウイルスのせいでいきなり「常識」になった。しかし、マスクをしない時代があったように、手洗いをしない時代があったのだろうか。いや、手洗いは中世とはいわないけど、近代に入ってすぐに習慣化したんじゃないかと思う人が多いかもしれない。
 ぼくが子どもの頃、男の子はまず、手なんか洗わなかった……ような気がする。少なくともぼくは洗わなかった。そもそも、学校から、あるいは遊び場から家に帰ってきて、どこで手を洗うというのだ。昔、銭湯にいっていた頃は、もちろん、うちに風呂はなく、洗面所もなかった。水道があるのは、台所だけ。台所の流しで手を洗った覚えはない。いや、そのあと風呂のある借家に引っ越しても手なんか洗わなかったような気がする。
 男の子はいまでもそんなものなんじゃないだろうか。幼稚園や小学校でインフルエンザにかかるのは圧倒的に男の子が多い。なぜか。手を洗わないからだ……たぶん。
 まあ、男の子はいいとして、医者や看護師はちゃんと手洗いをする。もちろん、コロナウイルスが流行るまえから洗っていた。だけど、じゃあ、いつ頃から洗うようになったかというと、それほど昔からではない。昔、医者も手はろくに洗ってなかったのだ。
ぼくがなぜそんなことを知っているかというと、それに関する本を2冊、訳しているからだ。
 まず1冊目はスタッズ・ターケルの自伝。ちょっと引用してみよう。

 

 わたしは自分のことを「急進的保守派」と思っている。ここでいう「急進的」とは、「ものごとの核心に急いでたどり着くこと」を意味する。だから「近代細菌学の開祖」と呼ばれたルイ・パストゥールは急進的だ。彼のことを「変人」と呼んだ人もいただろう。「院内感染予防の父」と呼ばれたイグナーツ・ゼンメルワイス医師[*4]は「手を洗え」と同僚たちに勧めたが、彼もまた急進的だった。実際、彼は「変人」と【呼ばれた/傍点】。わたしは「急進的保守派」だ。それじゃあ、「【保守派/コンサーヴァティヴ】」という言葉はどうだろう? わたしはきれいな空や飲用に適した水や憲法修正第一条や、まだ残っているまっとうなものはなんでも【保護/コンサーヴ】したい。つまり、人に貼られたレッテルなどなんの意味もなく、さまざまな問題に対する態度こそ重要なのだ。

 

 そう、イグナーツ・ゼンメルワイス以前、医者は手を洗っていなかったのだ。というか、消毒しなかった。そもそも消毒という概念がなかった。彼は1818生まれで1865に死んでいる。
 彼に関して書いているもうひとりはというと、カート・ヴォネガット。彼の『国のない男』のなかの、ぼくの大好きな部分がここだ。

 

 わたしが、頼るべきものとして紹介できるのは、ほんのささやかなものだ。無に等しいし、無以下かもしれない。それは本当の意味での現代の英雄が存在するという考えだ。それはイグナーツ・ゼンメルヴァイス。彼はわたしの英雄だ。
 イグナーツ・ゼンメルヴァイスは一八一八年、ブダペストで生まれた。いってみれば祖父母の時代のことで、ずいぶん昔のことのように思えるかもしれない。しかし彼は、つい昨日生きていたのだ。
 ゼンメルヴァイスは産科医になった。それだけで十分、現代の英雄といっていい。そして赤ん坊と母親の健康のために人生を捧げた。彼のような英雄がもっとたくさんいてくれたらいいのだが。最近は、母親にも、赤ん坊にも、老人にも、体の不自由な人にも、経済的に貧しい人にも、ろくに気をつかわなくなってしまった。これも、われわれの生活が工業化され、軍事化され、思想家たちがトップの座についているせいだ。
 ところで、さっき、これはつい昨日の話なのだといった。というのも、多くの病気はばい菌によって引き起こされるという考えは、ほんの百四十年前のものなのだ。わたしがロングアイランドのサガポナックに持っている家はその二倍くらい古い。この問題を考えてみれば、人間はもっと短命でもおかしくなかったと思う。当時の人たちが、よくあんな家を完成させられたものだ。つまりいいたいのは、ばい菌理論はとても新しい考えなのだということだ。わたしの父が幼かった頃、ルイ・パスツールがまだ生きていて、多くの論争の種をまいていた。まだ多くの強力な思想家たちが、自分たちの言い分をきかずに、パスツールの言い分をきくとは何事だと怒っていた。
 そう、そしてイグナーツ・ゼンメルヴァイスも、ばい菌が病気を引き起こすと考えていた。彼はオーストリアのウィーンの産院にいってぎょっとした。というのも、十人に一人の割合で母親が産褥熱で死んでいくのだ。
 それらは貧しい人々だった──金持ちは家でお産をしていた。ゼンメルヴァイスは病院の様子を観察した結果、医者が病原菌を患者にもたらしているのではないかと考えるようになった。というのも、医師たちはしょっちゅう、死体安置所で死体を解剖したあとそのまま産科棟にいって母親の診察をしていたからだ。そこで彼は医師たちに、母親にさわるまえに手を洗ってみてはどうかと提案した。
 かなり生意気な提案だ。なにしろ、医者はみんな目上だ。それにひきかえ、ゼンメルヴァイスは無名。ウィーンにやってきたばかりで、オーストリアの貴族のなかには友だちも保護者もいない。ところが患者は死んでいく一方。わたしやあなたよりもはるかに人付き合いの下手なゼンメルヴァイスが、医師たちに手を洗ってくれと頼み続けた。
 そのうち医師たちも手を洗うことに同意した。もっとも冗談半分、からかい半分だった。せっせと石けんをつけて、何度もこすりあわせて、爪のなかまできれいにした。
 と、死亡率が一気に下がった。想像してみるといい! 一気にさがったのだ。こうしてゼンメルヴァイスは多くの命を救った。
 ひいて考えれば、彼は何百万もの命を救ったことになる──そう、あなたやわたしの命を救ったという可能性だってあるのだ。このゼンメルヴァイスは、ウィーンの医学界の偉い人たちや思想家たちから、どれほどの感謝を受けただろう? 結局、彼はその病院から閉め出され、オーストリアからも追放された。オーストリアの人々のためにあれほどつくしたというのに。彼はハンガリーの田舎の病院で生涯を閉じる。そこで人間を見限る──われわれを見限り、情報に頼るばかりで考えることをしない人々を見限り、最後は自分自身を見限った。
 ある日、解剖室で、ゼンメルヴァイスは死体を解剖していたメスを持ち直して、自分の掌に突き刺した。そして死んだ。彼の思ったとおり、ばい菌による敗血症が原因だった。

 

 かなりヴォネガット風に脚色されてはいるが、ゼンメルヴァイスをじつにうまく語っている。
今頃、ヴォネガットは天国か地獄か煉獄かは知らないが、ゼンメルヴァイスに会って、にこにこしているのかもしれない。


2020年5月10日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハリエット・タブマン 彼女の言葉でたどる生涯』(篠森ゆりこ、法政大学出版局)が出た。帯にもある通り、タブマンは19世紀のアメリカで多くの黒人奴隷を救い出したヒロインで、たぶん、この近況報告でも書いたことがあると思うのだが、今年、彼女の肖像の20ドル札が発行されることになっていた(いままでのアンドルー・ジャクソンの肖像は裏に回る)。ところが、トランプが反対意見を表明し、大統領になると、これが延期になってしまった。もちろん、黒人の肖像がアメリカ紙幣に載るのはこれが初めてで、多くの人々が注目していただけに残念でしょうがない。
 アメリカの角谷くんにきいてみたら、こんなメールがきた。

 

 2028年まで延期のようですが、トランプ政権が終われば早まるかも。
 こっちでは自伝のレポートの課題がどの学年でも大体毎年あります。学校によってはちょっとしたコスプレをして発表したり。うちの学校ではでっかい画用紙に丸い穴を開けてそこから顔を出せるようにしたり(○○【注:お子さんの名前】はユリシース・S・グラントを1年生で)茶色い紙袋でパペットを作ったりして(ジェシー・オーエンス、2年生)発表しました。各クラス、絶対ハリエット・タブマンをやる子がいます。特にその自伝レポートが2月(黒人歴史月間)にあるとタブマンの本が図書室から消えます。
https://amp.cnn.com/cnn/2019/06/14/opinions/harriet-tubman-trump-race-brown/index.html

 とのこと。それにしても……! と怒っていたら、こんな伝記が出た。それも著者は日本人。タブマンの大ファンとのこと。これがとてもよく書けていて、とてもおもしろい。彼女自身の生い立ちから始まり、逃亡してフィラデルフィアで暮らすようになるが、自由州に逃げたからといって安全ではない。「街にはプロの奴隷捕獲人や懸賞金稼ぎがうろうろしていたからだ。それだけではない。自由黒人を誘拐して南部で奴隷として売りさばくギャングまでいた。」
 そんな状況にありながら、様々な情報を集め、協力者と連絡をとって、次々に奴隷の逃亡を援助していく。そして南北戦争が始まると、北軍のスパイとして活躍。また野戦病院では看護や料理もした。
 そんな女性の伝記、こんなときにこそ読んでみませんか。


2020年5月1日

2020年5月1日
 このところ、湿っぽい話題が多く、なんとなく近況を書く気力がなえてきて……というのは、まったくの嘘で、元気です。ただ、大学のオンライン授業の準備が大変で、それで提出された課題を読むのも大変で(創作表現論の授業で提出された課題を打ち出してみたら、原稿用紙で350枚くらいあった)、近況を書く余裕がないというのがほんとのところです。
 本日は珍しく、コロナがらみの楽しい話が2つあったので、ご紹介します。



 姉が教えてくれた、ラジオ番組での、浜村淳とアシスタントの会話。
浜「最近学校ではコロナの関係で、200mで授業をしてるらしいですねー」
アシ「それzoomですね」

 


金原先生。

先日、自由参加のzoomの授業の参加者が1名だった件、
漫画家志望の学生が、すぐにマンガにしてネタにして
ツイッターに上げていて、偉いなあと思っていたら、
タイムリーな時期だったせいか、バズりました。
それがネットメディアの記事になりました
https://j-town.net/kanagawa/news/localnews/304645.html

コロナで不利益をうけるだけでなく、この学生のように
チャンスを見つけて欲しいですね。

ちなみに授業は、zoom以外に講義内容の文書と課題をだしていて、
そちらはみなしっかりこなしています。
学生のネット環境がまだわからないので、参加自由として、
操作練習と学生の交流、オフィスアワーの場として授業開始日から
毎週zoomを設置してました。
他の回は出席者があります。たまたまこのときだけ1名でした。

梨屋アリエ

 


2020年4月21日

                   

 

 この頃、散歩というつまらない運動をたまにするようになり、そのときにはうさばらしに書斎(といってもぼろアパートの一室)に寄って、本や書類の整理をすると書いたのだが、つい先日、その書斎でおもしろいものを発見した。
 高校の頃から演劇は好きで、労演が呼んでくる俳優座、文学座、劇団民芸などの芝居はよく観ていたし、浪人になって東京にやってきてからはアングラ、小劇場の芝居をたまに観にいった。野田秀樹の芝居も夢の遊眠社の頃から紀伊國屋劇場などで観ていて、いまでも野田マップの公演にはよく足を運ぶ。その野田秀樹の『2001人芝居(にせんひとりしばい)』の小さいパンフが出てきたのだ。2001年2月の公演で、場所は青山のスパイラルホール。
 そのパンフのなかの野田秀樹のエッセイを読んでいて、「おや」と思ったので、そこの写真を貼りつけておくので、どこが興味を引いたかは各自、考えてみてください。


 2016年、読売新聞夕刊の「もったいない語」というエッセイ欄に寄稿したので、これを読んでもらえばわかると思う。

 

 大学で文芸創作を教えているので、かなりの量の文章を読む。年に三回の合宿では、原稿用紙で三百枚、四百枚の小説が出てくることもある。だから、この頃の大学生の使う言葉については詳しいし、よくある間違い(「口をつむぐ」というほほえましい間違いに、ついこないだ出くわした)についても詳しい。漢字の読み間違いも楽しい。おもしろいのは、本を読まない学生よりも本をよく読む学生のほうが読み間違いが多いということだ。幼い頃から本に親しんできた学生は、ルビが振っていない漢字は、適当に読んでいることが多く、そのぶん読み間違いも増える。
 ところで最近きかなくなって残念な言葉がひとつある。なにかというと「的を得る」。この頃の学生は「的を射る」と書いてくる。これが気に入らない。その年で「的を射る」はないだろう、分相応に「的を得る」と書けといいたい。昔の若者はみんな間違えていた。ぼくもかなりの間、そう覚えていた。この間違いは若さの象徴といってもいい。だから、若者が「的を射る」と書いてくると、じつに気持ちが悪い。しかし怒れない。
 これはワープロ機能の発達のせいらしい。「的を得る」と入力すると〈「当を得る/的を射る」の誤用〉と出てくる。いらんお世話だ。そんなわけで、「的を得る」という言い回しは死語になりつつある。じつにもったいない。
   


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