2020年5月14日

 娘がパリに子どもふたりと住んでいたとき、3人そろってインフルエンザにかかった。ぼくはちょうどサバティカルで時間に余裕があったので、パリ見物もかねていってみたら、3人ともマスクをしていない。それどころか薬局にいっても売っていない。
 日本に帰ってから、アメリカにいる角谷くんに、アメリカ人、マスクする? とメールできいたら、いや、しませんよ。マスクしてるのは重篤な感染症患者くらいです、というメールがきた。
 それがコロナウイルスのせいで、世界中の人々がいきなりマスクをするようになった。おそらく、これからは多くの国の薬局やドラッグストア、いや、スーパーでもマスクを売るようになるのだろう。
 そこでふと考えたのが、「手洗い」だ。これもコロナウイルスのせいでいきなり「常識」になった。しかし、マスクをしない時代があったように、手洗いをしない時代があったのだろうか。いや、手洗いは中世とはいわないけど、近代に入ってすぐに習慣化したんじゃないかと思う人が多いかもしれない。
 ぼくが子どもの頃、男の子はまず、手なんか洗わなかった……ような気がする。少なくともぼくは洗わなかった。そもそも、学校から、あるいは遊び場から家に帰ってきて、どこで手を洗うというのだ。昔、銭湯にいっていた頃は、もちろん、うちに風呂はなく、洗面所もなかった。水道があるのは、台所だけ。台所の流しで手を洗った覚えはない。いや、そのあと風呂のある借家に引っ越しても手なんか洗わなかったような気がする。
 男の子はいまでもそんなものなんじゃないだろうか。幼稚園や小学校でインフルエンザにかかるのは圧倒的に男の子が多い。なぜか。手を洗わないからだ……たぶん。
 まあ、男の子はいいとして、医者や看護師はちゃんと手洗いをする。もちろん、コロナウイルスが流行るまえから洗っていた。だけど、じゃあ、いつ頃から洗うようになったかというと、それほど昔からではない。昔、医者も手はろくに洗ってなかったのだ。
ぼくがなぜそんなことを知っているかというと、それに関する本を2冊、訳しているからだ。
 まず1冊目はスタッズ・ターケルの自伝。ちょっと引用してみよう。

 

 わたしは自分のことを「急進的保守派」と思っている。ここでいう「急進的」とは、「ものごとの核心に急いでたどり着くこと」を意味する。だから「近代細菌学の開祖」と呼ばれたルイ・パストゥールは急進的だ。彼のことを「変人」と呼んだ人もいただろう。「院内感染予防の父」と呼ばれたイグナーツ・ゼンメルワイス医師[*4]は「手を洗え」と同僚たちに勧めたが、彼もまた急進的だった。実際、彼は「変人」と【呼ばれた/傍点】。わたしは「急進的保守派」だ。それじゃあ、「【保守派/コンサーヴァティヴ】」という言葉はどうだろう? わたしはきれいな空や飲用に適した水や憲法修正第一条や、まだ残っているまっとうなものはなんでも【保護/コンサーヴ】したい。つまり、人に貼られたレッテルなどなんの意味もなく、さまざまな問題に対する態度こそ重要なのだ。

 

 そう、イグナーツ・ゼンメルワイス以前、医者は手を洗っていなかったのだ。というか、消毒しなかった。そもそも消毒という概念がなかった。彼は1818生まれで1865に死んでいる。
 彼に関して書いているもうひとりはというと、カート・ヴォネガット。彼の『国のない男』のなかの、ぼくの大好きな部分がここだ。

 

 わたしが、頼るべきものとして紹介できるのは、ほんのささやかなものだ。無に等しいし、無以下かもしれない。それは本当の意味での現代の英雄が存在するという考えだ。それはイグナーツ・ゼンメルヴァイス。彼はわたしの英雄だ。
 イグナーツ・ゼンメルヴァイスは一八一八年、ブダペストで生まれた。いってみれば祖父母の時代のことで、ずいぶん昔のことのように思えるかもしれない。しかし彼は、つい昨日生きていたのだ。
 ゼンメルヴァイスは産科医になった。それだけで十分、現代の英雄といっていい。そして赤ん坊と母親の健康のために人生を捧げた。彼のような英雄がもっとたくさんいてくれたらいいのだが。最近は、母親にも、赤ん坊にも、老人にも、体の不自由な人にも、経済的に貧しい人にも、ろくに気をつかわなくなってしまった。これも、われわれの生活が工業化され、軍事化され、思想家たちがトップの座についているせいだ。
 ところで、さっき、これはつい昨日の話なのだといった。というのも、多くの病気はばい菌によって引き起こされるという考えは、ほんの百四十年前のものなのだ。わたしがロングアイランドのサガポナックに持っている家はその二倍くらい古い。この問題を考えてみれば、人間はもっと短命でもおかしくなかったと思う。当時の人たちが、よくあんな家を完成させられたものだ。つまりいいたいのは、ばい菌理論はとても新しい考えなのだということだ。わたしの父が幼かった頃、ルイ・パスツールがまだ生きていて、多くの論争の種をまいていた。まだ多くの強力な思想家たちが、自分たちの言い分をきかずに、パスツールの言い分をきくとは何事だと怒っていた。
 そう、そしてイグナーツ・ゼンメルヴァイスも、ばい菌が病気を引き起こすと考えていた。彼はオーストリアのウィーンの産院にいってぎょっとした。というのも、十人に一人の割合で母親が産褥熱で死んでいくのだ。
 それらは貧しい人々だった──金持ちは家でお産をしていた。ゼンメルヴァイスは病院の様子を観察した結果、医者が病原菌を患者にもたらしているのではないかと考えるようになった。というのも、医師たちはしょっちゅう、死体安置所で死体を解剖したあとそのまま産科棟にいって母親の診察をしていたからだ。そこで彼は医師たちに、母親にさわるまえに手を洗ってみてはどうかと提案した。
 かなり生意気な提案だ。なにしろ、医者はみんな目上だ。それにひきかえ、ゼンメルヴァイスは無名。ウィーンにやってきたばかりで、オーストリアの貴族のなかには友だちも保護者もいない。ところが患者は死んでいく一方。わたしやあなたよりもはるかに人付き合いの下手なゼンメルヴァイスが、医師たちに手を洗ってくれと頼み続けた。
 そのうち医師たちも手を洗うことに同意した。もっとも冗談半分、からかい半分だった。せっせと石けんをつけて、何度もこすりあわせて、爪のなかまできれいにした。
 と、死亡率が一気に下がった。想像してみるといい! 一気にさがったのだ。こうしてゼンメルヴァイスは多くの命を救った。
 ひいて考えれば、彼は何百万もの命を救ったことになる──そう、あなたやわたしの命を救ったという可能性だってあるのだ。このゼンメルヴァイスは、ウィーンの医学界の偉い人たちや思想家たちから、どれほどの感謝を受けただろう? 結局、彼はその病院から閉め出され、オーストリアからも追放された。オーストリアの人々のためにあれほどつくしたというのに。彼はハンガリーの田舎の病院で生涯を閉じる。そこで人間を見限る──われわれを見限り、情報に頼るばかりで考えることをしない人々を見限り、最後は自分自身を見限った。
 ある日、解剖室で、ゼンメルヴァイスは死体を解剖していたメスを持ち直して、自分の掌に突き刺した。そして死んだ。彼の思ったとおり、ばい菌による敗血症が原因だった。

 

 かなりヴォネガット風に脚色されてはいるが、ゼンメルヴァイスをじつにうまく語っている。
今頃、ヴォネガットは天国か地獄か煉獄かは知らないが、ゼンメルヴァイスに会って、にこにこしているのかもしれない。



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