2019年3月12日

2019年3月12日
「小説野性時代」の今月号に清水潔の「日本はなぜ焦土と化したのか」という読み切りノンフィクションが載っている。日本翻訳大賞の候補作をまだ読み終えていないというのに、つい読みふけってしまった。
東京大空襲の焼夷弾による無差別・絨毯爆撃に関しては、アメリカを責めたくなるし、責めて当然だと思う。ヴォネガットなら、ドレスデンの大空襲をあげるだろう。
しかし、このノンフィクションを読むと、東京大空襲は日本が自ら招いたものであるということが恐ろしいほどはっきりとわかってしまう。
東京大空襲を指揮したのはアメリカ軍のカーチス・エマーソン・ルメイだが、彼が「極東の家屋の主要建材である木と紙が、焼夷弾の炎でたちまち燃えて大火災を生み、非常な爆撃効果をもたらす」ことを教えたのは、日本軍による重慶爆撃だった。
じつは数年前、大学の仕事で重慶にいったことがあって、そのとき大防空壕があるのを知った。第2次世界大戦中、蒋介石が重慶まで逃げのびて、それを日本軍が攻略しようとしたということは知っていたものの、具体的な内容はまったく知らなかった。
「天然の要塞」である重慶を攻めあぐねた日本軍は、これを焼夷弾を使った爆撃で攻め落とそうとする。1939年5月、「日本軍は重慶の市街地に対して集中的な爆撃を行う。」いうまでもなく無差別爆撃だ。そしてさらに拡大していく。
最後のほうに、早乙女勝元が戦後、重慶を訪れて、日本軍が何をしたのかを知ったときの言葉が紹介されている。東京大空襲の原因は日中戦争までさかのぼる、「都市無差別爆撃というのは、日本から先に始めたものというのは痛切にわかりましたね。それがこちらに跳ね返ってきたわけです。ブーメランのように」
このノンフィクションでいちばん衝撃的だったのは、「少年倶楽部」1941年8月号に載った「胸もすく重慶の大爆撃」という記事だ。


戦地の兵隊さんたちは、陸に海に空に、次次と大作戦を行ひ、いたるところで蒋介石の軍隊をたたきつぶす一方、蒋介石のゐる重慶へ、矢つぎばやの爆撃を加へて、重慶の人々をふるひあがらせてゐます。
ことに、六月五日の夜から六日の朝にかけての爆撃では、大防空壕ににげこんだ人々までが、七百名以上も生き埋めになったために、蒋介石をうらみ、和平を願う人たちが、だんだん多くなつてきました。


戦時下では、子どもの本や雑誌まで、こうなってしまうんだと思うと……



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