2018年1月22日

2018年1月22日
岡井隆の34冊目の歌集が出た。これが素晴らしい、というか、すごい。そもそもタイトルが『鉄の蜜蜂』! なかにひとつ、こんな歌が。

 

今日もまたぱらぱらつと終局は来む鉄の蜜蜂にとり囲まれて88

 

その他、力のこもった歌、洒脱な歌、おちゃめな歌、軽くセンチメンタルな歌、堂々たる歌などが収録されていて、楽しい。気になった歌をチェックして、書きだしたら60首あった。そのなかからいくつか。

 

難解な詩集のなかへ突つ込んだ右腕が冷えてゆくのがわかる11
覚悟はついてゐるつもりだが覚悟にも何段階かあつて、昇れよ13
ぼくの心と同じ水位の池ありて睡蓮の花が咲いたみたいだ23
いきさつを詳しく語る文(ふみ)の来ていきさつといふはつひに寂しも24
両脇に眼を従へて鼻柱すつきりと立つ季節になつた40
ポストまで歩数を声にとなへつつさくらも終る痛みも終れ43
真昼から正午を救ひ出しなさい。真夜中を昨夜(よべ)切りはなしたやうに45
きみが住む海峡のそらは蒼からふ「戦後詩」って鰤(ぶり)をきらりと打って68
日に一度朝があるつていふ嘘をたのしみながら花に挨拶83

 

再読しても再再読しても、興味は尽きない。おもしろい。
そして装幀の凝りようもすさまじい。まさに入魂の装幀。ぜひ書店で手に取って見てほしい。

そしてもう一冊、石井僚一の1冊目の歌集、『死ぬほど好きだから死なねーよ』が、その対局を疾走するおもしろさで、素晴らしい、というか、すごい。思い切りチャラい装幀がまた、作者の作者なりの意気込みを感じさせてくれて、うれしい。『鉄の蜜蜂』も『死ぬほど好きだから死なねーよ』も表紙は白と黒が基調・・・なのに、このコントラスト! 書店の詩歌コーナーではぜひ、この二冊を並べて平積みにしてほしい。
石井僚一、本の袖をみると、1989年生まれ・・・って、まだ20代? それでこのユニークな自分感はなんなんだろう。たとえば、

 

本当の気持ちはどこにあるのだろうマトリョーシカのようなわたくし8
ふれてみても、つめたく、つめたい、だけ、ただ、ただ、父の、死、これ、が、これ、が、が、が、が、13
夜の霧がオブラートなら如何にしてこの夜は剥き出しになるのか13
晴れ空にビニール傘をぱられると回せば見えない雨粒が散る21
雨の空に破いた遺書をさよならと放てば読めない文字は逝く蝶21
君は鍵穴 僕も鍵穴 目の前に並ぶ開かない無数の扉26

 

いくつか並べるだけで、おもしろさがわかってもらえると思う。
あと、たとえば、103頁に並んだ4首。

 

眼球は飴玉、修辞は石鹸玉の皮膜のような 喘ぐのは此処が貴女の縫い目だから103
唇に唇が化合して唾液、深夜は水槽 舌と舌はSOSの軌道を描いて失語症の金魚103
神経が擦れるたびに雷鳴が 森のような鳥籠のなかのオーガズムの、果て103
角膜を針で、幽霊の痛覚さえ奪って 無神論の夜更けに貴女が口でしてくれるなら103

 

このインパクト! 「エデン」という連作はこんな調子で7頁続く。

石井僚一の第1歌集と、岡井隆の第34歌集、60歳ほど年の離れたふたりの歌集が12月末と1月末と、立て続けに出たのはうれしい偶然だ。そしてもうひとつ、気がついたのはどちらにも父親を歌った連作があること。
『死ぬほど好きだから』には「父親のような雨に打たれて」という連作(30首)が、『鉄の蜜蜂』には「父 三十首」という連作が収められている。
ぜひ、読みくらべてみてほしい。
どこかの書店で、おふたりを呼んでイベントやりませんか?
最後にもう1冊、今日読んで、絶対どこかで紹介しなくちゃと思った本があるんだけど、長くなったので、今日はここまで……にして、タイトルだけ。
『完璧じゃない、あたしたち』(王谷晶)。
これが、あきれてしまうほど完璧に突き抜けた作品なのだ。歌集じゃなくて短編集で、それも……あ、いかん、書きかけてしまった。



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